ride on the cloud

 われ庭鳥の食を争ふを見る、而して争ふ時には常に少者の逃走するを見る、少者は母鶏の尤も愛する者なり、而して慾の即時に於ては、尤も愛する者も尤も悪む者となり、最後、尤も劣れるもの、尤も敗るゝ者となる。これ天則か。天則果して斯の如く偏曲なる可きか。請ふ、行いて生活の敗者に問へ、新堀あたりの九尺二間には、迂濶なる哲学者に勝れる説明を為すもの多かるべし。
 冷淡なる社界論者は言ふ、勝敗は即ち社界分業の結果なり、彼等の敗るゝは敗るべきの理ありて敗れ、他の勝者の勝つは勝つべきの理ありて勝つなり、怠慢、失錯、魯鈍、無策等は敗滅の基なり、勤勉、力行、智策兼備なるは栄達の始めなりと。

 わが来り投ぜしところは、都門を離るゝ事遠からずと雖、又た以て幽栖の情を語るに足るべし。これ唯だ海辺の一漁村、人烟稀にして家少なく、数屋の茅檐、燕来往し、一匹の小犬全里を護る。濤声松林を洩れて襲ひ、海風清砂を渡つて来る。童子の背は渋を引きたる紙の如く黒く、少娘の嬌は半躰を裸らわして外出するによりて損せず。雄鶏昼鳴いて村叟の眠を覚さず、野雀軒に戯れて児童の之を追ふものなし。前家に碓舂の音を聴き、後屋に捉績の響を聞く。人朴にして笑語高く、食足りて歓楽多し。都城繁労の人を羨む勿れ、人間縦心の境は爾にあり。

 何れの時代にも、思想の競争あり。「過去」は現在と戦ひ、古代は近世と争ふ、老いたる者は古を慕ひ、少きものは今を喜ぶ。思想の世界は限りなき四本柱なり。梅ヶ谷も爰にて其運命を終りたり、境川も爰にて其運命を定めたり、凡そ爰に登り来るもの、必らず又た爰を去らざる可からず。この世界には永久の桂冠あると共に、永久の義罰あり。この世界には曾つて沈静あることなく、時として運動を示さゞるなく、日として代謝を告げざるはなし。主観的に之を見る時は、此の世界は一種の自動機関なり、自ら死し、自ら生き、而して別に自ら其の永久の運命を支配しつゝあるものなり。